ゴシックのリバイバルで名を売ったフロマン=ムーリス一族、重厚な中世風のデザインを得意としたジュール・ヴィエズ一族、フーケ親子、日本からの有線七宝の影響を受けたファリーズ一族、四代目が名著『19世紀フランスのジュエリー』を書いたヴェヴェール一族、その他には、さまざまな七宝を駆使したフイヤートル、角などの素材で[アール・ヌーヴォー]風の作品を出したリュシアン・ガイヤール、生没年のまったく不明な天才ゴートレ、それにもちろん天才ルネ・ラリックがいました。
こうした個性の強いデザイナー作家たちは、時の主流であったベル・エポック様式のプラチナ・ジュエリーなど目もくれずに、アール・ヌーヴォーの色彩の濃い、きわめて特徴のある多くのジュエリーを世に出しました。
今に残る19世紀末パリで作られたこうしたジュエリーは、その個性の強さと多様さにおいてジュエリーの歴史を彩るものです。
しかもその多くが、パリで開かれた万国博の工芸の展示物として作られたことを思えば、英国への反発で始まったフランスの万国博熱が優れたジュエリーを生みだす原動力であったのかも知れません。
こうした個性の強いデザイナー作家たちは、時の主流であったベル・エポック様式のプラチナ・ジュエリーなど目もくれずに、アール・ヌーヴォーの色彩の濃い、きわめて特徴のある多くのジュエリーを世に出しました。
今に残る19世紀末パリで作られたこうしたジュエリーは、その個性の強さと多様さにおいてジュエリーの歴史を彩るものです。
しかもその多くが、パリで開かれた万国博の工芸の展示物として作られたことを思えば、英国への反発で始まったフランスの万国博熱が優れたジュエリーを生みだす原動力であったのかも知れません。